『日本で2番目にきれいな星空』を見るための、運転日限定スペシャルトレイン

環境省が主催する『全国星空継続観察』で『夜空の明るさが星の観察に適していた場所』の、全国第2位に選定されたことがある川根本町。この町には、長島ダムの建設に伴ってできた人造湖、接阻湖に浮かぶかのような(正確には湖に突き出した半島の先端です)たたずまいの小さな駅、その名も『奥大井湖上駅』があって、周囲に民家等が全くない、『秘境駅』としても知られています。星空の美しさが、全国の中で上位に輝いた実績と、周囲に人工の灯りがなく、静かな闇に包まれた湖の真ん中の小さな駅この2つがコラボすれば、星空を観賞するのに最強のシチュエーションとなることは間違いありません。

『星空列車』は千頭駅から出発

ところが、普段の大井川鐡道井川線、通称南アルプスあぷとラインは、起点の千頭駅では1444分発が最終列車で、接岨峡温泉駅方面から到着する列車も、1738分着が最終です。これでは、夜の奥大井湖上駅を列車で訪れることはできないと思いきや、嬉しいことに、大井川鐡道では2016年から毎年、一年の中でも特に空気の澄んだ冬の夜に、千頭駅から奥大井湖上駅までを往復する『星空列車』を、運転日限定で走らせているのです。今シーズンの星空列車の運転日は、201812月から2019年3月までの間で計8日。その中から2月9日(土)を選んで、星空観賞と川根本町の宿での一泊をセットにした、ミニトリップを楽しんできました。

普段の井川線は、なんと14時44分発が最終列車!

 

おなじみ『トロッコ列車』の先頭に、特製ヘッドマークがキラリと輝く

星空列車の乗車に予約は不要(ただし15名以上の団体は要事前連絡)、運転日さえ確認しておけば、気軽に乗りに行くことができます。千頭駅の窓口で購入する、奥大井湖上駅までの往復きっぷは、星空列車専用のもので、運賃は1,420円(こども半額)。特別な列車だからお値段高め、ということはなく、通常の千頭駅~奥大井湖上駅間の往復運賃と同額です。

奥大井湖上駅の夜の風景写真が印刷されている、星空列車専用のきっぷ

きっぷを手に入れ、改札口を通り井川線の列車が発着する6番線ホームに立つと、待つこと数分で星空列車がお出迎え。『トロッコ列車』とも呼ばれる、ミニサイズの客車4両の後ろに、これまたミニサイズのディーゼル機関車が連結されているのは、ふだんの井川線の列車と同じ姿ですが、先頭に立つ客車に『星空列車』の特製ヘッドマークがキラリと輝きます。座席は全て自由席。早めにホームに入れば、好みの席に座ることができます。4両の客車のうちの1両は、車体の半分が吹きさらし構造になっていて、進行方向右側を向いたベンチが設置されている変わりダネ。2月の夕暮れに乗るにはかなり寒そうですが、眺めの良い席であることは確かで、初めから暖房のきいた客車には目もくれず、この展望スペースに陣取っている人もいました。

ヘッドマークを掲げて、出発を待つ星空列車

 

 

車掌さんは車窓の見どころ案内に加え、冬の星座のミニ知識もアナウンス

1653分、手を振り見送る駅員さんの姿と、ホームを彩るイルミネーションの光を窓の外に眺めながら、星空列車は千頭駅を発車、奥大井湖上駅を目指します。井川線の列車は、通常は全て駅を一つずつ、丹念に停まっていく普通列車だけですが、星空列車は対向列車とすれ違う川根小山駅と、アプト式区間用の補助機関車を連結・切り離しするアプトいちしろ駅、長島ダム駅の3駅以外、途中駅には停車しません。ややマニアックですが、井川線の列車に乗りながら駅を通過するという、レアな体験ができるのです。

列車は急カーブを繰り返しながら山間を進んで行く

大井川の流れに沿って、山間をいくつもの急カーブで縫うようにゆっくりと進んでいく車内では、車輪がきしむ音とともに、時おり車窓の見どころを案内する、車掌さんのアナウンスが聞こえてきます。両国吊橋、朝日岳、泉大橋と、日頃から井川線の車内でおなじみの、定番スポットのガイドに加え、星空観賞のための列車とあって、冬の星座のミニ知識についてのアナウンスも流れます。その中で紹介された、オリオンという名の青年が、サソリの毒で命を落としたので、オリオン座はサソリ座から逃げていて、2つの星座が同時夜空に現れることはないというギリシャ神話のエピソードは、私が小学生だった頃、どこかで読むか聞いたきり、頭の片隅で眠ったままになっていた記憶の一つ。それが思いもかけず目覚めることとなり、ハッとしたのと同時に、遠い昔を思い出し、ちょっとしたなつかしさも感じました。

赤いアーチ橋は井川線の車窓の見どころの一つである泉大橋

 

 

補助機関車連結のアプトいちしろ駅で8分間停車。あまり遠くへ行ってしまうと遭難する!?

1731分にアプトいちしろ駅に到着。ここから隣の長島ダム駅までの1.5㎞は、1000分の901000m進むと90m標高が上がる)という急勾配区間で、専用の補助電気機関車が、レールとレールの真ん中に、さらに3本並べて敷かれたギザギザ付きのレールに、自車に取り付けられた歯車を噛み合わせながら列車を押し上げていく、日本で唯一の『アプト式鉄道』です。この駅で、補助電気機関車を列車の最後部に連結するためしばらく停車。連結作業を見物しようと、多くのお客さんがホームに降りるので、列車の最後尾付近に人だかりができます。なお、この駅にはトイレや飲み物の自動販売機があって、8分間の停車時間はリフレッシュタイムとしても最適です。ただし、車掌さんのアナウンスによれば『あまり遠くに行くと、遭難する恐れがあります』とのこと。ついのんびりし過ぎて列車に乗り遅れる人がいないようにと、親切心からちょっと脅かしているのかも知れませんが、駅の三方をとり囲む、夕暮れ時の山を眺めていると、足を踏み入れたら遭難するというのは、あながちウソではないかもと思えてきました。

アプトいちしろ駅で列車の最後尾に補助電気機関車を連結

アプト式の区間を登りきると、補助電気機関車を切り離して長島ダム駅を発車。壁が井川線の写真を並べた電照式のフォトギャラリーとなっている平田トンネルを抜け、ひらんだ駅を通過すると、次が目的地の奥大井湖上駅。すっかり日が暮れた、1901分の到着です。列車は一旦隣の接岨峡温泉駅まで回送されていき、駅のホームにはお客さんと、案内役の車掌さんだけが残ります。

3本並んだギザギザ付きレールが、アプト式鉄道の大きな特徴

 

 

レインボーブリッジからオリオン座を鑑賞。宇宙空間に飛び出してしまったかのような気分に

列車の去った奥大井湖上駅。駅から少し上ったところにあるコテージや東屋へ向かう階段に、一部足元を照らすLEDライトが設置されていますが、そのほかの人工の灯りは全くありません。一面の真っ暗闇に、丘を登っていく人たちの懐中電灯やLEDライトの灯りがチラチラとうごめく様は、さながら冬のホタルのように見えます。

さて、肝心の星空はと言えば、西の空に月がきれいに輝いているものの、あいにくこの日の静岡県中部地方は、朝から曇り気味の空模様で、残念ながら満天の星空とまではなりませんでした。少しずつ雲が流れていくと、星が見え隠れする、という状況が続きます。

一面の闇に包まれた奥大井湖上駅に到着した星空列車

奥大井湖上駅から、接岨峡温泉駅方面に向かう井川線の鉄橋(レインボーブリッジ)のには、線路だけでなく歩道も併設されています、車掌さんの「鉄橋の上に出れば、もっとよく空が見渡せますよ。」との声に促され、何人かのお客さんが小さな灯りを片手に鉄橋の歩道を歩いていくのを見て、私もそれに続きます。そして、鉄橋の中ほどまで差し掛かった頃、前を歩いていた人たちが、「あっ!オリオン座!」と歓声を上げました。急いで空を見上げると、雲が流れた部分が大きく広がり、そこに図鑑や星座盤でおなじみの、7つ星の星座が光っています。周囲は完璧なまでの真っ暗闇。その中に立って、明るく輝くオリオン座を眺めていると、まるで自分が広大な宇宙空間に飛び出してしまったかのような、不思議な気分になるのでした。

レインボーブリッジに併設された歩道は、絶好の星空鑑賞ポイント

 

 

千頭駅すぐそばの老舗旅館・福住館で一泊。料理と温泉で身も心も温めてくつろぐ

このように、宇宙との一体感を感じながら過ごすうちに、接岨峡温泉駅で待機していた帰りの列車が到着。19時ちょうどに奥大井湖上駅を発車し、来た道を戻ります。

千頭駅に戻ると、一層輝きを増したイルミネーションがお出迎え

千頭駅には2005分に到着。ここから2020分に発車する大井川本線の電車に乗れば、2130分に金谷駅に到着。さらにJRに乗り継ぐと、静岡や浜松はもちろん、東京、名古屋までもその日のうちに帰り着くことができます。ですが、私は千頭で一泊することをチョイス。2019年1月4日から3月21日までの約2か月半、川根本町内の対象宿泊施設に泊まると、1泊あたり2,000円のキャッシュバックが受けられる、『川根本町冬の宿泊キャンペーン』が実施されているので、ちょっとのんびりしていくことにしたのです。

今回泊まった宿は、千頭駅を出たすぐ右手にある「福住館」。客室数5部屋のこぢんまりした旅館ですが、1931年(昭和6年)に大井川鐵道千頭駅が開業した当時の駅前周辺の写真にもその姿が見える、老舗の宿です(建物は新しくなっています)。また、1997年(平成9年)に新しく湧出した千頭温泉のお湯が引かれている、温泉旅館でもあります。

とろろ汁やヤマメの塩焼きなどが並ぶ、『福住館』の夕食

川根産の山芋をすりおろしたとろろ汁やヤマメの塩焼きなど、地元の食材を使った、山里ならではの味わいある夕食を楽しんだ後は、弱アルカリ性の温泉につかって、ゆったりと体をほぐします。奥大井湖上駅で感じた、澄みきった空気の冷たさとは一転、身も心も温かな、くつろぎの夜となりました。

 

 

静かなたたずまいを見せる、朝の千頭を散歩井川線の、新たな1日の始まりを見届けて帰路に

明けて2月10日(日)の朝、ご飯をいただいてから、8時頃宿を後にしました。千頭駅周辺をちょっと散歩してみましたが、しんと静まり返っていて、人も車もほとんど見かけません。これまで私が千頭を訪れたのは、行楽シーズンの休日のお昼がほとんどで、観光客で賑わう駅周辺の様子ばかり見て来ているので、朝の千頭の町並みの、静かなたたずまいは、とても新鮮に感じられました。

静けさに包まれた、朝の千頭駅周辺の町並み

さて、そろそろ帰ろうかと、駅の方向へ歩きかけると、突然踏切が鳴る音が聞こえてきました。急いで踏切に駆け付けると、井川線用の小さなディーゼル機関車が、たった1両でやって来ました。今日の仕事に備えて、川根両国駅にある車両基地から回送されて来たのでしょう。思いがけず井川線の新たな1日の始まりを見届けることができ、なんとなく嬉しい気持ちなって、私は帰路についたのでした。

井川線用のディーゼル機関車が、突然、たった1両で姿を現した